高橋名人はゲームだけではない
家庭用ゲーム機の中でも最初に大ヒットしたのは、任天堂の「ファミコン」だと思います。
ファミコンがブームとなっているときに一躍有名人となったのが、「高橋名人」です。
高橋名人は「16連射」という、コントローラーのボタンをとても早く押すテクニックを持っているとして、ゲーマーから神様として慕われました。
私もファミコンが流行っていた当時は、よく友達と一緒にゲームをしていました。
高橋名人の16連射も「すごいな」と思ったものです。
しかし高橋名人は、ゲームが好きなだけではありません。
大のバイク好きとして知られており、今もツーリングなどに出かけられています。
北海道の道をツーリング
高橋名人の出身地をご存知でしょうか。
多くの人があまり知らないと思いますが、北海道なのです。
北海道はのどかな田園風景が続く場所がたくさんあり、ツーリングに最適な土地です。
高橋名人はバイクを手にいれて、北海道の大自然を駆け抜けていたのです。
高橋名人は稚内や釧路、旭川、根室など、広い北海道の各地域をバイクで回ったそうです。
高橋名人がそのときに乗っていたバイクはホンダのホークII・CB400Tで、当時はとても人気のあった車種です。
何となく、高橋名人らしいバイクだと思います。
北海道のあちこちをツーリングしていた高橋名人は、バイクの運転技術も名人級だったのかもしれません。
高橋名人はそこからゲーム会社のハドソンへ入社して、東京へ転勤することになりました。
ここでバイクを手放しそうなものですが、ハドソンは高橋名人のバイクを買い上げることで、彼が東京でもバイクを乗れるようにしてくれたのです。
こうして高橋名人は東京でバイクを乗るようになり、自分の後ろにハドソンのカタログを積み、営業活動に励んだそうです。
愛用のバイクに乗りながらゲームの営業活動とは、仕事か遊びなのか区別がつかなさそうです。
とても楽しそうだと思います。
有名になると共に、バイク禁止の指示が出る
高橋名人が東京をバイクで回っていたのは1980年代です。
ただ、1985年ごろになるとファミコンブームが沸き起こり、高橋名人は有名人になりました。
そのため高橋名人はファンのために全国へ出向き、イベント活動を行うようになりました。
ハドソンは「高橋名人がバイクで事故に遭ったら困る」と考えて、彼にバイク禁止令を出しました。
16連射という素晴らしいテクニックがあっても、高橋名人はハドソンの指示にはさからえなかったのです。
そこから高橋名人は、バイクに乗らなくなりました。
ただ、ファミコンのブームが過ぎ去った1999年ごろ、高橋名人は「バイクで楽しくツーリングをしている夢」を見ました。
そこからバイクの趣味を再開しようと決意して、現在に至っています。
1度は中断した高橋名人のバイク趣味ですが、今後はまたバイクを楽しんでほしいですね。